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パリにいきました(三月の話)

バリから一週間ちょっと、今度はパリです。
遊び歩いているセレブに見えるかもしれませんが(絶対見えない)、パリは無償で連れていっていただいたのであります。
タダよりコワいものはない、というのは私の実感です。
お金を「払う」というのは、要するに、不当にタダで物を得ることによって降り掛かるであろう厄災を「祓う」行為であり、不当に高く物を売っても不当に安く物を得ても、厄災が忍び寄るでしょう。
それは承知ですが、お金があるのにたかるのは最低だけど、「お金がないとき誰かに頼れるのは一種の甲斐性」だとも言われたので、のっかっちゃいました。
パリに関してはバリ雑言を、パリに関してはパリ雑言を、今会報に書いていますので!
ポンピドゥセンターのトゥオンブリーの絵の前でボロボロ泣いている私に気づいたのは、小さな欧米人の少女だけでした。誰もトゥオンブリーの絵に足をとめなかったし、よかった。
パトロクロスの死に慟哭するアキレウスの絵です。こんなに哀しい絵を私は見た事がありません。
トゥオンブリーの作品は、私にとって、言語化を拒む唯一無二のものです。
(私の修士論文はトゥオンブリー論ですが。)
言葉にならない、なんて言葉が本当に可能なのは、彼の作品の前だけだと本気で思っています。
二十数年前、アプタイベルクで彼の作品に出逢わなければ、私の人生はまったく変わっていたと思う。
バックパックひとつでウィーンから旅に出て、偶然降り立ったメンヒェングラートバッハの街。偶然降ってきた雨。その雨宿りのために偶然入ったほとんど無人の美術館。
階段を上がった左側、そこに彼の絵がありました。鮮烈な記憶です。
傷跡が皮膚の上で花を咲かせているようだった。
それから美術史を独学で勉強しました。美術史を大学で教えるようになりました。
あれから、長かったような短かったような。
トゥオンブリーに関する私の評価は最初の邂逅のときのままで、今も変わらない。
これ見れただけで、パリに来てよかったと思います。
ひどい体調不良だったけど、すべては報われるのです。
エッフェル塔の傍には桜が咲いていました。
そのとき、春の訪れをはじめて感じました。
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